全ての人類を家族として

他国の民の苦しみを、自国の民の苦しみと
同様に問題視する国家があっただろうか

2020年 世界を一変させたパンデミック
民主主義圏の結束を進めた中国の香港弾圧

2020年、世界は全く変貌してしまいました。コロナ禍が全世界をパンデミックに陥れ、世界各地でロックダウン、国境封鎖、感染者と死者数の激増、経済破綻、失業者と自殺者数増加に加え、異常気象による大洪水、サバクトビバッタの異常発生が起き、まさに世界の風景は戦時下そのものとなりました。現在、ワクチンの接種が推進されていますが、更に強力な感染力を持つ変異株出現への不安や、Covid‒19武漢研究所流出説など、世界は大きな火種を抱えています。

国際政治においても絶句続きの年でした。中国の有無をいわさぬ香港弾圧を通して、新疆ウイグル自治区での人権弾圧の実態、一帯一路構想の背後にある中国の野望が明るみに出ました。それによって民主主義諸国が目覚め、対中国包囲網を固めるきっかけの年となりました。

2021年1月、第46代大統領選挙の結果を受け、米国国会議事堂で暴動事件が起きました。その時、「民主主義の死」を危ぶむ衝撃が世界を走りました。米国は、第二次世界大戦後、世界の民主主義の灯となり、世界のリーダーとなってきました。レーガン政権率いる1980年代にはソ連との冷戦を勝ち抜き、経済・文化・軍事のグローバル・パワーとして右に出る国はありませんでした。しかし戦後70年の間に、国家や国民の価値観が崩れ、情勢が大きく変わってきたのです。

今一つ世界を更に震撼させたのは、2月1日のミャンマー軍事クーデターの勃発です。ミャンマー「民主化の道」は、このクーデターによってわずか5年にして砕かれてしまいました。アウンサンスーチー氏ひきいる国民民主連盟(NLD)は、昨年11月の選挙で、憲法改正を可能にする地滑り的大勝利をしました。ところが、これまで現行憲法によって、政治経済両面の権益を保障されてきた軍部にとって、この選挙結果は不都合でした。「不正選挙」を理由に、アウンサンスーチー氏はじめ、政府幹部たち数十人を拘束してしまったのです。今も、民主主義を守りぬこうとする若者たちの血の犠牲が流されています。
評論家たちの中には、「この背後には、中国の存在があるのではないか。中国は、インド洋へのアクセスをもつミャンマーを、重要なパートナーとして確保し続ける必要がある。クーデター直前の1月に王毅外相がミャンマーを訪問した際、外相としては筋違いの国軍司令官と会談している」と指摘しています。

中国を今の経済大国に育てたのは米国資本

このような国際情勢をみます時、その背後には、常に中国の野望が見え隠れしています。香港、台湾、尖閣と一帯をなす日本では、「中国の脅威」を直に感じています。事実、中国の深圳をはじめとする各地での驚愕的な発展を見ながら、その裏にある中国共産党政府の軍事的野望を考えると、誰しもゾッとせざるを得ないようです。

日本だけでなく米国も同様で、経済・テクノロジー競争の恐怖はリアルなものです。しかしながら、中国を今の経済大国に育てたのは、残念ながら、お金儲けに傾いた米国資本であると言っても過言ではありません。資本主義のもとで、iPhoneで有名なアップル社、ナイキなどをはじめ、米国の大手製造業の多くは、これまで長期にわたって人件費の安い中国で生産工場を展開しました。しかも米国は、世界最大の消費市場として、中国の生産品を一番多く消費してきたのです。

30年前にはもう既に、米国のデパートやスーパーでは、電気製品から衣類・食器・日用雑貨に至るまで、デパートに並んでいる色々な製品はすべて「メイドインチャイナ」でした。しかし、今や中国製は、世界の至るところで見受けられます。パラグアイでも、日本製と勘違いするようなブランド名を使い、電気製品はもちろん、モーターバイクまで中国製が出回っています。中国は最先端技術を米国や日本などの先進諸国から盗用しながら、「世界の工場」として急速な発展を遂げました。いつの間にか、世界のサプライチェーンの拠点となっています。

ところで世界の工場として、中国の安い労働力はどのようにして得られたのでしょうか。実はコロナ禍以前から、米国では「中国嫌い」が広まっていました。なぜならご存じのように、新疆ウイグルでのウイグル人迫害や強制労働も、その一因となっているからです。中国で展開するアップル社の「スウェットショップ」問題は、長年注目されてきた問題だったのです。

「スウェットショップ」とは、別名「搾取工場」といわれ、実は資本主義が発達した18世紀からの問題であり、低賃金で社会的に容認しがたい労働条件の作業場に対して使われる用語です。「貧困層出身者が多く、人身売買、詐欺、借金や精神的強迫等による労働者が働く工場。囚人労働と似ている」と言われています。また、ナイキ(1990年代に問題化)、ユニクロ(2015年)、H&M(2016年)、アディダス(2000年)といった世界的に有名なブランドは、いずれも中国の人権抑圧を利用して利益を上げていると、(それぞれの年から)批判されてきました。新彊ウイグル問題が今、取り沙汰されるのも、このような背景があるからです。

中国の脅威―日本人は強い危機感をもっている

中国の脅威について米国人がもつ危機感に比べると、日本人の方がより大きな危機感をもっています。なぜなら日本は頻繁に、中国から尖閣列島の領海侵犯を受けているからです。やはり一般の米国人は、中国の脅威よりも、国内の政治的不安定、道徳問題、格差問題、気候変動問題、人種間の摩擦問題の方が優先になっているようです。世論の意識は、外部よりもはるかに内部に向いています。

もし、日本人の識者が、一般の米国人に対して、「国内だけのことを問題にしている場合じゃない。中国の脅威がどんどん拡大している」と語りかけた場合、米国の多くの若者たちは、「気候変動は地球全体の危機。まずこの問題を優先しなくては。中国の脅威を言っている場合じゃない」と答えるでしょう。多くの米国人は、中国が南シナ海で、米国をターゲットにした軍事基地を造り上げているという事実を知っている人は少なく、アジアの出来事を他人事という感覚でしかみていないようです。

情報の混乱―報道の正常化が急務・真実は一つ

ところで、米国の民主主義はこれからどのようになっていくのでしょうか。今年1月6日、国会議事堂での暴動はどうして起きたのでしょうか。トランプ支持者は「選挙不正が起きたにもかかわらず、裁判所も国会も見逃している」と信じ、熱烈な支持者の一部は「残った方法は、暴力を行使するしかない」という考えで一線を越え、国会議事堂に乱入したのです。

私たちは常に現状と未来を予測しながら、「何をするべきか」と判断しながら生きているのですが、今は、何が現実なのか、真実なのか、分からくなっています。国会議事堂に乱入した主な理由は、「大統領選挙が盗まれた」という主張のためでした。

今年1月の時点では、37%の米国人(共和党の73%、国民の50~64歳の43%)が選挙に大規模不正あったことを信じ、国民の58%がなかったと信じていました。しかし「真実は一つ」のはずです。どちらかが正しく、どちらかが虚偽あるいは陰謀論であると見なくてはなりません。例えば、不正があったと信じる共和党の73%が正しいとみるならば、多くの州で大規模不正が行われたにもかかわらずそれを隠し、60件以上もの裁判で不正がないように仕向けたことになります。また、最高裁判官たちを含め、合衆国司法長官を務めながらトランプ前大統領を、2019年の弾劾から身を挺して守ってきたW・バー氏や、選挙のサイバーセキュリティー担当であったC・クレブス氏、ジョージア州務長官のB・ラフェンスパーガー氏を含めた多くの共和党政府機関の指導者たちが、買収あるいは何等かの方法で虚偽を強要されたことになります。そして米国国民の58%に、大規模不正がなかったと信じさせるために、主要メディアなどで大規模な洗脳が起きたことになるのです。反対に、大規模不正が行われなかったとしたら、米国国民の37%、つまり1億人以上の人口が「大規模不正が起きた」という陰謀論に洗脳されてしまっていることになるのです。

また、ニューヨークタイムズによる出口調査では、2020年の大統領選でトランプ氏に票を投じた人々の中の80%以上が「気候変動は大きな問題ではない」と考えていたにもかかわらず、逆にバイデン政権は、気候変動を人類存亡の危機に関する問題であり、最大の国家保全の課題として掲げています。

これほど、「真実」に対する人々の理解の誤差が大きいのは、一つの原因として、どちらかの陣営が、戦略的に自己の政治的経済的な基盤の利害を代表して、意図的に情報操作していると考えるのが自然かもしれません。例えば、2012年11月にトランプ氏は、「地球温暖化というコンセプトはアメリカ製造業弱体化のための中国の策謀」とツイッターしています。このように一つの組織や政府の思惑によって、私たちは操作されているのでしょうか。

今一つの原因として考えられる事は、より自然で民主的な流れの中で、情報の二極化が起こっていると考えられます。利害が一致した個人や団体の集合体が「お互いに都合が良い情報、信じたい情報」をソーシャルメディアや政治的に傾いたマスコミを通してお互いに拡散し、肯定して反響し合い、自己暗示的洗脳が行われているのかもしれません。

実際は、後者の方が現在抱えている課題を表現するのに適切ではないでしょうか。人間は問題があれば、簡単な説明や解決策をまず求めます。複雑なことが嫌いです。「自分の内的な問題」と捉えるよりも、明確な「外部の敵を問題」として捉える方が都合が良いと考えます。しかし人間社会は異なる思惑が錯綜し、より複雑です。実際には、一つの問題には複数の原因があることが多いです。

情報が国を動かす時代―二極化とSNSの武器化

二極化する社会の中で、マスコミは驚くほど信頼を失っています。本来であれば、真実を報道するべきです。企業からの金銭的影響や偏った政治に影響されない必要がありますが、米国では、ますます政治的に偏るメディアが多くなりました。

マスコミを信じないでSNSに依存する人が増えて行く中で、誰しもソーシャルメディアの危険性を否定できなくなったと思います。SNSに使用されているAI(人工知能)は、私たちの閲覧やクリックする習慣を分析し、私たちが好みそうな、あるいはクリックしそうな情報を自動的に推奨し続けます。逆に、私たちが見たくない情報は推奨しません。いつの間にか自分の世界観を肯定する情報しか見なくなり、自分と意見が違う情報を目にすることが無くなり、「ほぼみんな自分と同じように考えている。こんなに証拠があるのに他の意見を持った人はおかしい」という自己暗示的状態に陥る傾向があります。

テスラで有名なイーロン・マスク氏も、「AIが短期的には最大の人類存続の脅威である」と警告しています。既にAIの影響が、SNSを通して人類に負の影響を及ぼし始めたことは間違いありません。
フェイスブックの個人情報を使って中立人口を割り出し、集中的な選挙プロパガンダの拡散に応用したケンブリッジ・アナリティカ社や、ミャンマーの仏教徒たちのイスラム教徒たちに対する憎悪を煽ることに使われたフェイスブックがその例です。ミャンマーでは、それらの情報がロヒンギャのジェノサイドにまで繋がりました。まさにSNSが武器化され、情報が国を動かす時代です。

SNSや高速情報通信技術により、情報の民主化が進んだ「情報の時代」と言われる今日、人と人がより近くなり、理解しあい、高みに向かって教育されると思いきや、偏向情報によって人々が分断され、憎悪が拡張され、真実が解らなくなるというのは、今日の人類にとって根本的な問題と言わざるをえません。

メディアは民主主義を守る役割

このように情報が混乱した時代は、どのように正常化していくのでしょうか。

まず、マスコミは正道に立ち帰り、民衆の信頼を取り戻す必要があります。トーマス・ジェファソンは、1786年にJ・カリーへの手紙の中で「私たちの自由は報道の自由にかかっています」と言った言葉は有名です。政党や企業のお金に左右されない独立した報道は、民衆を代表し「政府を批判できる」機能を持ち、独裁政治から民主主義体制を守る役割を担います。独裁者は、必ずメディアを抑制することから国の制圧を始めるので、メディアが政党から独立し、偏らずに真実を報道できなければ、健全な民主主義とはなり得ません。マスコミは本来の機能に立ち戻り、政治で偏ることがなく、国民のために真実を報道し、国民の声となり、財欲や政治から独立することが肝要です。

発信するSNS情報に対して問われる個々人の責任

また、私たちはSNSで流れる情報に責任感を持つべきです。SNS情報はほぼ検証されずに、社会的責任を伴わない場合が多いです。つまり、SNSで間違った情報を流し、それによって社会が混乱しても、情報元は責任を問われないということです。SNSの情報を活用する私たち個々人も、SNSの情報元の検証を行い、操作されないように気をつけ、その情報を知人に拡散する場合は、その社会的責任を理解して行うべきです。間違った情報を拡散してしまう可能性と、それに伴う混乱や結果に対して責任があることを理解しなくてはなりません。

謙虚な姿勢によって機能する民主主義

社会を形成する個人の姿勢はどうであるべきでしょうか。自分と意見が違う人やメディアは悪とみなして話を聞かないという姿勢は、二極化をさらに深め、真実をあやふやにしていくのみです。米国では、左派と言われる民主党の中でも、LGBTは支持しないが、人種差別問題のために民主党を支持する黒人福音派キリスト教徒もいます。右派と言われている共和党の中でも、白人至上主義には反対するが、左派が米国を社会主義国にすることを恐れ、共和党を支持する愛国者もいます。あくまでも対話を続けて国として分裂せず、正しい方向に進化していかなくては世界の舞台でどんどん遅れていくことになるでしょう。

意見が相反していても、お互いを人間として尊重し、反対の意見や情報を公平に聞き分析し、情報を見聞きする時は頑固なエゴを捨て、「自分は間違う可能性がある」ことを否定せず、謙虚な姿勢で話し合いを続けなくては民主主義は機能しません。傲慢であり対話がない民主主義国は、前に進むことができないのです。

民主主義の限界は国家主義、しかし人類はいつか恒久的平和世界へ到達する

中国問題、新型コロナや人種差別問題など、近年の不安定な政治経済状況は、未来に大きな不安を感じさせるかもしれません。しかし、大きな流れを見て、人類は多くの試練を超えながら、確実に思想・実体と共に進歩してきたはずです。多くの国々で奴隷制撤廃と民主主義化に代表される人権確立においても、貧困や飢餓の減少化においても、人類は平和世界へと進んできました。環境破壊や核爆弾などで自己破滅を起こさない限り、人類はいつか恒久的平和世界へと到達するのではないでしょうか。数百年前には封建制度・奴隷制度が普通であった世界より、人権運動・民主主義が普通である世界となりましたが、人類世界はこれから、どのように進歩していくのでしょうか。

まず大きな流れを見るとき、「民主主義の限界は国家の枠」にありました。世界の舞台では、米国や日本、中国のように経済などで影響力を持つ国家が力を振るい、弱小国家は常に声が小さく、平等な権利を味わうことはありませんでした。全ての国が、肌の色や人種を問わずに人権を重んじる民主主義国家となり、人権が国際レベルで標準化される時、弱小国の弱い民の苦しみは、強大国の民の苦しみと同等に扱われるようになるでしょう。

国家主義を超え、他国の民の苦しみを、
自国の民の苦しみと同様に問題視する国家政権はあったでしょうか。

人口増大とテクノロジー進展により、環境破壊、核爆弾に代表される軍事技術、人工ウイルスなど可能にするバイオテクノロジー、AIなど、世界レベルで人類を脅かす脅威がますます増えてきています。この時に人類は一丸となり脅威に立ち向かわないといけないのですが、米国や中国の覇権争いなど、軍備に途方もない資金を投入する帝国主義的な争いは、今も続いています。

欧州でも米国でも、近年、白人至上主義などの民族主義の声が高くなってきました。肌の色が違い、言語・文化が違い、宗教が違う人類が、お互い平等に尊敬を持って接する世界は来るのでしょうか。これは神の存在がなくては不可能であると考えます。

「全ての人類を家族として認識することを可能にする神の存在」がなくては、民族主義、国家主義を超え、世界の隅々まで国際レベルで民主主義の恩恵を生き渡せることはできないと思うのです。

雑誌 海洋真時代 Vol.11より抜粋
2021年6月25日発行

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